『新しい豊かさの世界へ 倫理、ローカル&ヒューマニティ』中野香織氏講演 散居村特別セミナー(中編)

2024.01.29 / 楽土庵について

水と匠では、昨年度から観光庁の「サステナブルツーリズム推進」モデル事業として、楽土庵を軸とする散居村保全と未来継承事業に取り組んでいます。

その一環として2023年10月8日(日)、富山大学教授で散居村研究者でもある奥 敬一(ひろかず)さんと、富山市出身で服飾史家として「ポスト(新)ラグジュアリー」を提唱する中野香織さんを講師に迎え、「となみ野散居村」についてあらためて学ぶセミナーを開催しました。

当日、80名定員の会場はほぼ満席になり、地域の人々の高い関心がうかがえました。
2時間半に渡って開催されたセミナー、レポート中編では中野さんの講演をお伝えします。


 ◉中野 香織 服飾史家/著作家

『新・ラグジュアリー 文化が生み出す経済10の講義』(安西洋之氏との共著、クロスメディア・パブリッシング)において、新しい時代にふさわしい文化を創るための付加価値を持つラグジュアリーのあり方を提唱、産業観光や地方創生の分野でも反響を呼んでいる。日本経済新聞、Forbes Japan、北日本新聞「ゼロニイ」はじめ多くの媒体で連載中。著書はほかに『「イノベーター」で読むアパレル全史』(日本実業出版社)、『ロイヤルスタイル 英国王室ファッション史』(吉川弘文館)など多数。東京大学大学院修了、英国ケンブリッジ大学客員研究員、明治大学国際日本学部特任教授を務めた。


ラグジュアリーをめぐる価値観の激変

今日はたくさんの方にお集まりいただき、誠にありがとうございます。
本日私がお話しするのは『新ラグジュアリー』という価値観についてです。

ラグジュアリーというと、ヴィトンやシャネルやディオールなど海外ブランドをイメージされる方が多いかもしれませんが、長い目で見ると必ずしもそうではありません。ただラグジュアリー領域は歴史上、新しいビジネスモデルや世界観を打ち出してきました。

ラグジュアリーの語源、言葉の思想のなかには、色欲、セクシーであること、植物がたっぷり生えること、すなわち繁茂、といった意味があります。またluxuryという英単語のなかにはluxという光の単位が含まれています。それらをやや強引に解釈すると、人類が追求してきたラグジュアリーとは、ちょっと誘惑的で、堅物ではなくて、豊かさをあらわすものであり、光り輝く、あるいは人や社会を光り輝かせるものと考えられます。

そうした人々の願いや夢やお金が結集する新しさが求められる領域で、いま、何をラグジュアリーとするかの考え方が変わってきています。何が魅力的で豊かで輝いているのかが激変してきているんです。

なぜ変化が起きているのか、これからどこへ向かおうとしているのかをここでは考えてみたいと思います。

ラグジュアリーは時代に応じて変化する

昨日私は散居村展望台に連れていっていただきました。18歳まで富山に住んでいましたが、散居村を体験するのは初めてで、「なんて豊かな風景なんだ」と思わずスキップしてしまいました。東京では東京タワーと同じ高さのビルや似たような高層ビルが日々建てられていて、同じようなショップに同じようなホテルが入っている、何を求めているのかよくわからない世界になってきています。一方、散居村ではビルがひとつもない美しい世界、これこそ21世紀の豊かさの象徴じゃないかと心の底から思いました。

ヨーロッパでは中世では、ラグジュアリーとは社会秩序の維持のためにあるものでした。絹を着られるかどうかで階級をはっきり分ける、といったことですね。近世になるとドレスや宝石などキラキラしたもので愛人を喜ばせる愛妾経済で経済がまわる時代がきて、フランス革命後の産業革命期に入ると、ラグジュアリーに知識や教養の嗜みが求められるようになり、それが社会的地位の判断基準になります。時代に応じてラグジュアリーを必要とする人もその内容も変わっていくんですね。

高度資本主義経済下におけるラグジュアリーの大衆化

20世紀にはファッションデザイナーによってラグジュアリーの意味が更新されていきますが、大きく時代が変わる契機になったのは1984年、ルイ・ヴィトンの代表ベルナール・アルノーがディオールを買ったことでした。ブランドは儲かると気づいたアルノーはどんどんブランドを買ってLVMHのコングロマリットをつくっていきます。そして高度資本主義下のラグジュアリービジネスがグローバリズムの進行とともに発展します。今LVMHはファッションだけでなくお酒やリテイルなど75ものブランドを持っているんですよ。みなさんご存知のブランド、あれもこれも実はLVMHの傘下にあります。 

このブランドビジネスは主にヨーロッパが支配しており、格差が広がるほど成長する性格を持っています。大量資本投下による大胆なPR、グローバル化と規格化、売れるクリエイティブディレクターの使い捨て。そういったものが持続可能であるとは思えませんよね。

早いサイクルの大量生産大量消費はファストファッションと変わりません。結果としてラグジュアリーの大衆化陳腐化が起こり、2010年ごろには本来の意味でラグジュアリーではない状況が起きていました。

コンシャス、フェアネス、多様性…新ラグジュアリーの台頭

そうした状況を受けて、2015年ごろからはコンシャス・ラグジュアリーという概念が生まれてきます。地球環境や人権やジェンダーへの意識、プロセスは公平さを保っているか、文化盗用を行っていないか。そうしたESGs的なことに高い意識をもつことがラグジュアリーにとって大切、という考え方です。結果、ラグジュアリー領域でもCEOやCOOに加えて最高倫理責任者(Chief Ethical Officer)が置かれるようになっていきます。

「旧型」のラグジュアリービジネスには以下のような特徴がありました。富中心のヒエラルキー、特権や名声や階級を上げる力があり、ちょっと神秘的で、「I」=エゴを主役にする、世界戦略を行い、政治的には中立、どちらかというとハレの場を重視し、重厚な伝統や歴史を大事にする。

これに変わって新たに出てきている、また旧型もそちらへと変わりつつあるのが「新型」です。フェアネス、多様性、内発的創造性、上下関係がない横の連帯、透明性を大事にする、地球環境を含めた「we」で語る、政治的には立場を明確にする、日々の生活をラグジュアリーの舞台とし、歴史とのかろやかなつながりを大事にする。いま、こういうビジネスをする人たちにお金が集まっているんです。

とはいえ、ラグジュアリービジネスは一部の富裕層の購買に支えられたビジネスです。その成長とフェアで民主的で多様な存在が守られる社会はどこかで矛盾しますよね。そのバランスの取り方は今後わたしたち全員の課題になっていくと思います。

「文化的景観」に重なる、自然と人との調和

模範例としては、ブルネロ・クチネリという1978年創業のニットブランドが挙げられます。本社があるのはイタリアのソロメオ村。社長が書いた『人間主義的経営』という本が非常に反響をよんで、amazon創業者のジェフ・ベゾスなど世界中の経営者がソロメオ村に見学に訪れる事態が起きています。

クチネリは職人だった実父が雇用者からひどい扱いを受けていた記憶から「職人の尊厳が何よりも大事だ、私は職人を大事にする」と誓いを立てます。そして職人の賃金をイタリアの平均より20%高くし、おいしい食事を提供し、適正な勤務時間を遵守するなどの労働環境も整えました。すると職人の職務意識が高くなり、高品質の製品が生まれ、高額にも関わらず売れて、利益が上がり、またソロメオ村の環境に投資する好循環が生まれました。廃墟のようだったソロメオ村には劇場や図書館ができ、いろいろな人が訪れるようになりブランドの価値も向上する好例となりました。

またトスカーナ地方にはオルチャ渓谷という中世の絵に出てくるような渓谷があります。いっときはありきたりな田舎だと産廃処理場になる計画まであったのが、地域の人たちの努力によって世界遺産に登録されるまでになりました。そこではスローフードや有機栽培を主とした地域づくりが大きく評価をされています。

新しいラグジュアリーはこちらへ向かうと思います。ローカリティを大切に、自然、土地、歴史、人、技術が調和した世界をつくること。それは文化的景観の醸成とそのまま重なるものではないでしょうか。

世界を驚かせるものが地方の産地を潤す

外国だけでなく、日本国内でも若い人を中心に新しい豊かさが追求されています。

たとえば伝統的な有松絞りをモダンに変貌させた「SUZUSAN」。SUZUSAN製品はファッションブランドとしても世界展開していますが、インテリア製品としても高級ホテルに置いてあったり、日本の代表的なラグジュアリーブランドのひとつになりつつあります。鈴三商店の5代目だった代表の村瀬弘行さんは、留学先のデュッセルドルフで絞りのアートとしての可能性に気づいたそうです。そしてデュッセルドルフで起業。ドイツでデザインし、有松で生産した製品を世界中に販売しています。今はSUZUSANの成功によって、多くの人が産地に訪れています。産業観光にもつながっているわけです。自分達にとってはありふれたものが、外から見るとすごい!と感動することってあるんですよね。だから外の人の視線は大事なんです。

宮城の「大倉山スタジオ」は、5代目の山田能資さんが制作する石のアートが海外や高級ホテルで評判になっている会社です。もとは墓石などをつくられていましたが、アートやデザイン事業に力をいれるようになり、産地でも石の劇場をつくったりギャラリーを運営したり、観光にも力を入れられています。ひとつ世界を驚かせるものができると、産地が観光地として潤う好例です。

丹後の「Kuska fabric」の「丹後ブルー」のネクタイは、ロンドンのサビルロウのテーラーでエルメスより高い値段で売れています。3代目の楠泰彦さんは廃業寸前だった家業を再生するため、機械織りから手仕事の風合いが生きる手織りのものづくりにシフトし、世界に評価されました。「丹後ブルー」という名前にも、京都・室町の下請的生産地だった丹後を発信したい想いが込められています。職人の平均年齢も30代と若く、「手織りは楽しい」と多くの若者が働いています。

新ラグジュアリーとは新たなコミュニティでもある

「Tamaki niime」も世界中で販売されているテキスタイルブランドです。玉木新雌さんは福井出身ですが、理想的な織物を求めてたどり着いた兵庫の西脇市に播州織(ばんしゅうおり)の工房を構えます。まさか地域外から来た人が播州織を世界的に有名にするなんて、驚きですよね。

特徴的なのは糸からオリジナルでつくっていること。原料から製品まで一貫生産すると中間マージンが発生しないため、利益率が上がるのです。得た利益は、地域に還元されています。休みの日には近所の人も巻き込んでお祭りをしたり、スローフードを楽しんだり、Tamaki niimeを中心とするコミュニティが形成されてきています。

2023年の九月半ばには、丹波篠山に「グランドドッグキャッスル」という施設が誕生しました。これは岩城紀子さんという事業家の「犬も人も健康に過ごせる理想の村をつくりたい」という想いから生まれた場所です。たとえば認知症の予防に犬を飼うのは有効ですが、先々を考えると飼えない。そういう人のために、亡くなったあとの犬の面倒を見る契約をするんです。将来の不安なく安心して犬を飼って、休みの日には犬をドッグランで思いっきり走らせて、自身もサウナや食事でリフレッシュできる場所になっています。

ゆくゆくは子どものいない夫婦や独り身の人が暮らし、遺産は施設の子どもたちや経済的理由から勉強ができない子どもたちに贈る場所をつくっていきたいそうです。それも新しいラグジュアリーの在り方の方向を示していると思います。

自然と人が調和する富山から、「しけ絹」のドレスを世界へ

楽土庵も、3つの個性的な部屋をもっており、それぞれに自然の力を感じられるユニークな施設です。そして宿泊費の一部が地域の保全活動にあてられています。非常に画期的な試みです。

絹の部屋には城端で織られる「しけ絹」が使われていますが、今日はそのしけ絹をつかってドレスを制作されている高松太一郎さんがいらっしゃっていますのでご紹介します。高松さんは福岡出身でありながら、富山の風景や自然や人に魅力を感じられて、富山にアトリエを構えてビジネスを始められました。それまではパリのディオールで働かれていた一流のテーラーです。高松さん、少しお話しいただけますか?

高松:ご紹介ありがとうございます。高松です。

前職ではディオールのアトリエで尊厳をもって働けてはいたのですが、アトリエ自体は外の環境とは隔たれた閉ざされた空間でした。コロナ禍でどこに拠点を置くか考えたときに、人と自然の調和のバランスが素晴らしい富山を選び、移住して一年になります。

これらのドレスは城端の松井機業さんが織っておられる「しけ絹」でつくったものです。私はこの「しけ絹」のドレスをもって、海外に発信していきたいと思っています。

散居村でもエゴを超えた連帯を

中野:福岡出身でもわざわざ富山にアトリエを構える方がいらして、城端の松井機業さんもいらっしゃる。そうした方々が生み出すものづくりを世界にラグジュアリーとして発信することで、人々をこの土地に招いていくことができる可能性を感じます。美しいものがつくられている誇りは地域のしあわせにも貢献しますよね。

昨日連れていってもらった光徳寺も衝撃でした。世界中の民藝品が置かれているのに、それぞれがケンカしていないんです。そこで「芸術作品にはエゴが強く出るけれど、民藝は人々が心地よく使えるよう、他力、自然の力に依ってつくられているからケンカせずに調和する」のだろうと教えていただきました。

散居村においても個々人のエゴを超えた連帯と貢献ができると、これまでに類のないかたちで文化的景観を守っていけるのではないでしょうか。

『自然と人がつくり合う価値の再生へ』特別対談 散居村特別セミナー(後編)につづく


ART of FORKS

-美しい暮らしをつくりあう活動共同体-

水と匠では、「土徳」に学びながら「これからの美しい暮らし」をつくりあっていくコミュニティ事業を始めます。

コミュニティへ参加ご希望の方はこちらまでご連絡ください。

またコミュニティ事業の一環として、Podcast番組の配信とnoteの記事更新を始めました。

富山の自然や精神性に対する想いなどART of FORKSへ寄せたさまざまな仲間たちの声をお届けしています。

ぜひお聴き&お読みください。

Podcast 番組  『うつくしさを巡る旅 ART of FORKS』apple music / spotify

note 『ART of FORKS / Article of FOLKS』

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