生きられる文化生態景観 –散居村・アズマダチ・カイニョ–

2022.08.18 / 楽土庵について

楽土庵は、富山県西部・砺波平野に広がる日本最大級の「散居村」に位置する旅の庵です。

散居村(散村)とは、家と家が離れて散在する集落の形態をさす言葉で、家々が集まっている集村の発展系として生じたものとされています。

砺波平野の散居村を特徴づけているのは、広大に広がる水田と、そのなかに点在する伝統建築家屋「アズマダチ」、「カイニョ」と呼ばれる屋敷林です。

それらは水脈という大地のグランドルールを人のいとなみが可視化する風景であり、リジェネラティブ・サステナブル・SDGsなどの言葉がいわれるずっと前から、生態系のなかで再生的な暮らしをかなえていた先人たちの叡智と実直な努力によってつくられてきたものでした。

厳しくも豊かな水の恵みと散居村の形成

砺波平野は、小矢部川と庄川の中流域に位置する平野で、散居村は二つの川の扇状地に広がっています。

山麓部の穀倉地帯としての歴史は古く、弥生時代から水田耕作がされた形跡があり、奈良時代には東大寺の荘園が広がっていました。一方、定常的な川の氾濫が起こる平野部は、長らく人が住まず開墾もされない空白地帯でした。

そこに水田が広がり散居村が形成されるのは、水利を統御する土木技術が発展し、農地の開拓が可能になる、戦国時代後期から江戸時代にかけてです。

扇状地は地質的には水はけが良すぎるため、日本では多くは果樹栽培などに利用され、一般的には水田利用されにくい土地です。

そうした土地で米作りが盛んになり、散居村が広がったのは、庄川の豊富な水量が可能にした水路の形成と※、荒漠とした扇状地に生きる場所をつくりだす人々の開拓者精神、ひたむきな努力の賜物によるものでした。

※日本では水系散居村(田んぼの中の散村)の多くは扇状地に形成されています。豊富な水の流れがあり水路の引き込みが可能であるなど地理的・人為的条件が整った場合に、扇状地に散居村が発達するものと考えられます。 

富山の山間部は、多い年では 3m台の積雪を記録する雪深い土地です。そのため、降雪と、保水力の高い樹林帯がもたらす川の流れは、一年を通じて枯れることがありません。雪はときに災害をもたらす脅威でありながら、一方では枯れない水を供給し続ける恩寵でもありました。こうした、厳しさのなかに豊かな恵みがある富山の自然環境は、土地の精神風土の形成にも大きな影響を及ぼしています。 

人々はまず微高地に家をつくり、そのまわりを開墾していきました。耕作に適した厚みある表土が散在していたこと、「ザル田」と呼ばれるほど水もちの悪い田んぼの水管理の必要性などから、田んぼの近くに家を建てたことで、家が散在する散居村が形成されていきました。

加賀藩の治水事業によってさらに庄川の流れが安定していくと、扇状地をつくったいくつもの川跡は用水として利用され、そこからまた支川が設けられ、網の目のように用水路網がつくられていきました。

葉脈のように張り巡らされた水脈は、扇状地の緩やかな傾斜を利用して、平野全体に水を供給しました。

昭和30年代以降は、農業の大型化に対応する圃場整備事業が施行。水路網と田んぼの形は変わりましたが、家の位置などは往時のものをとどめています。
 

アズマダチと聖空間(ひじりくうかん)

散居村には、「アズマダチ」という東向きの民家が数多く見られます。

その名の通り建物が東を向いているのは、季節風から家屋を守るため南西を屋敷林で厚く覆い、入口を東に配置したことに加え、家の中心である仏壇を西を背に配置した、この地域の信仰生活に基づくものです。

黒瓦葺きの大きな切妻屋根と、格子状に組まれた束(ツカ)と梁と白漆喰の妻入り。「ワクノウチ」と呼ばれる金物を使わず組み上げる架構工法構造の広間。いずれも大胆な造形美を備え、いきいきとした素材の力強さ、迫力を感じさせます。 

日本一の床面積を誇る富山の家屋※。そこにも土地の信仰が関係しています。

※一住宅当たり延べ床面積の都道府県比較 令和3年度国土交通省住宅経済関連データ

かつて砺波地方には、主に浄土真宗信仰のなかで育まれてきた「講」と呼ばれる相互扶助の仕組みがありました。講の会合は各家で持ち回りで開催されたため、多くの人が集まれるように、家は大きくなっていきました。

仏壇のおかれる仏間と人々が集まる広間は、「聖空間(ひじりくうかん)」と呼ばれていました。家は家族のためだけのプライベートな場ではなく、集落の人々やご先祖様とも共有されるパブリックスペースだったのです。

講には、 人々が交流することで悩み解決の道筋を発見したり、仕事の方法論を共有し、技術を発展させる意味がありました。そうした励まし合いや情報交換の場は、実直な勤労精神や創意工夫への積極性を育み、土地の豊かな暮らしと、自然と人のいとなみが調和する文化景観を生み出すことにもつながっていきました。

カイニョ、敷地内で循環する生態系

散居村の景観を特徴づけるだけでなく、エコシステムとしても大きな役割を担っているのが「カイニョ」と呼ばれる屋敷林です。

砺波平野では冬に南西からの強い季節風が吹きます。風を遮るもののない平野部において、人々は家を風や雪から守るため、敷地の南西部にスギやヒノキなど背が高くなる樹種を植えました。また花木としては梅や椿や木蓮、食用樹としては柿や栗、桃、ざくろ、金柑、イチジクなど、高低木の下草にはドクダミ、オオバコ、ユキノシタ、オウレンなどの薬用植物、食用植物としてはフキ、セリ、ミツバなどが植えられました。それらが形成する林は、人だけでなく、虫や鳥など様々ないきもののいのちを育む、平野における小さな里山でした。

寛政元年(1789年)に記された『私家農業談』(宮永正運:砺波郡下川崎村の農学者)には、屋敷林の「多徳」について述べられています。

農家屋敷廻りに、木を栽えるに「多徳」あり
|第一風寒を防ぎ、盗賊の要心と成、或いは、隣家の火災の難を防ぐ也
|松葉は、薪の絶間を助け、しん木は間をぬき伐て、材用を足し、落ち葉は、竃の賑わいとなし、又は、田畑の糞の補いともなる事也


カイニョの木々は、家を守るだけでなく、エネルギー源である薪、家を修理する建材や家具などの材料になりました。さらに落ち葉やそれを燃やした灰は田畑の肥料になるなど、屋敷林は暮らしと一体となった生態系の循環をつくりだしていました。

さらにカイニョには、土壌流出を防ぐ役割もあります。土地が安定しにくい沖積地の田んぼ、 つまり湿地帯に健康な屋敷林を育てるためには、盛土や、水と空気の流れの確保など、相応の環境改善造作が必要です。

そうして手をかけられて育った屋敷林は、平野全体の環境を安定させて水害を緩和し、よい地下水を誘導し、田畑の生産性を高める効果も持っています。 

屋敷林の有無による平均放射温度を比較すると、平均しても10°C程度、場所によっては20°C程度もの差があることを示すデータもあります※。木々は全身に水を循環させつづける生物装置ともいえ、そのはたらきは、場合によっては上昇気流発生の要因になる屋根や風除けなどの人工物ではけして代替できません。

※一般社団法人 産業環境管理協会『環境管理 第68号』

砺波地方には「家(タカ)は売ってもカイニョは伐るな」という格言が伝わってきました。この格言には、目に見える有用性だけでなく、災害の予防や緩和、平野全体の強風や上昇気流発生の緩和、熱中症の予防など、カイニョが人々のいのちを守ってきた意味が隠されているように感じます。 

散居村の景観は、ながい時間をかけて土地の人々がつくりだした「生きられる景観」です。その景観を守ることは、そのまま暮らしを守ることにつながります。

砺波地方には5,000千体もの石仏があると言われ、今も花々が手向けられ地域の人たちに守られています。また、和太鼓や獅子舞など多様なお祭りも息づいています。散居村の景観の中で、地域の信仰、文化、コミュニティが育まれてきたのです。

ビオスケープ、すなわち、生命・生態と人為がともにつくる文化生態空間。そこに私たちが美しさを感じるとすれば、それは、私たちにとって必要な価値がそこにあらわれているからではないでしょうか。

しかし社会全体の急激な変化のなかで、砺波平野の散居村でも、少子高齢化・非農家世帯の増加・核家族化・維持管理の負担増によるカイニョの伐採などから、文化生態景観、なりわい、それらに紐づく精神風土、全てが消失の危機にあります。

ただ昔からあるものだから守りたいのではなく、失くしてはならない、誰もにとって価値のあるものだから守りたい。そのためには、地域内だけでなく、地域外の方々の協力が不可欠です。

楽土庵は、地域内外のさまざまな人々と協働し、保全のための仕組みを構築、様々な手立てを実施していきます。

そこに満ちあふれる歓びが、誰もの豊かな心の糧になることを願って。

参考資料
浦辻一成さん(NPO法人 善徳寺文化護持研究振興会)からの聞き取り
砺波散居村ミュージアム発行資料
富山県土木部建築住宅課『住まいと街なみ百年のあゆみ』
佐伯安一『富山民俗の位相』
太田浩史さんからの聞き取り、『真宗移民とは何か』
高田宏臣 『地球守 夏の暑さを和らげる樹木の力 ~第1回 砺波平野の屋敷林の事例より~』
糸島浩司『水系散居村の哲学と景観 』(BIOCITY2019 NO.80)
岩槻邦男『散居の生活を支える屋敷林』(BIOCITY2019 NO.80)
福光町史、城端町史、井波町史、井口村史、平村史、上平村史、利賀村史

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